ネット世代の退屈なファッションについて

没個性

きっと既にどこかの誰かが、同じようなことを、あるいは違う文脈でも同じような結論に達するべく、話しているのだろう。

それは偏屈なおっさんの戯言かもしれないし、もはや時代遅れなのかもしれないが。

インターネットは我々の生活に欠かせないもの。
それがもたらした若年層のファッションへの影響を考えてみる。

若者のファッションはつまらない

げんじのファッション

https://twitter.com/tyaaahaaan/status/723830165550190592

まず、前提として、ぼくは10代から20歳を迎えるくらいのところのBOYS & GIRLS (SUPERSTAR DJs)のファッションについて、面白くない、と感じている。
これについて賛否はあると思うが、この前提を軸にああだこうだ書き連ねてゆく。

インターネットは何を殺したか?

internet kills
その気になればあらゆる(疑似)体験をネットの中で済ませることが出来る。
買い物だって可能。
CDレコードなんてモノがなくたって余裕で音楽聴き放題だし好きなミュージシャンのライブ視聴(なんなら生放送)も可能。
マッチングアプリで恋愛も可能。
etc。

こういうモニター越しの経験値というのは、非常に薄く脆いものだと思うが、しかし若者はそこに違和感を感じないのか。
それともそれは実体験と同じだけの価値を持つ、というのが現代の正しいあり方なのか。

どう考えても納得しにくいが、これがスタンダードになっていけば、それはCDも売れないし音楽は衰退するわけだ。おっと脱線しそう。

いずれにせよ、Google検索で上位に来るものが彼らの経験の骨幹であり、それは同じような薄い経験を重ねた若者が小遣い稼ぎにやっているブログだったりまとめだったりする。
こうして、体験はどんどん薄まり、本質は霞んでいく。

時代背景についての考察

おしゃれキング
ぼくが10代の頃は、どちらかというと個性派がファッションリーダーだった。
TUNEとか。チョキチョキのおしゃれKINGとか。

古着、ストリート、ドメスティックブランド、モード、お兄、ギャル、コンサバ、あらゆるジャンルが混然とシーンに散らばっていた。
そこからの取捨選択、それがぼくたちに求められていたことだ。

流行はいつしか消え去り、今はもっと分かりやすい構図になっている。
ノームコアに代表されるシンプルファッション、もしくはストリート(モードブランドを混ぜたラグジュアリー路線や、アスレジャー等スポーツミックスもここに形式上分類する)、大まかにこのくらいしか選択肢はない。

もちろんそこに属さないファッション好きもいるだろうし、その我が道を行く姿勢はとても興味深い。

が、基本的には、選択肢の少なさは、選択者の思考の幅を狭めている。

大抵の若いファッション好きに大して、彼らがぱっと見お洒落であっても、ぼくは興味を持てない。
これだけネットが普及しているのに、彼らはインプットされた情報が薄いために、アウトプット出来ないからだ。

何故その服を選んだのか、どういう服が好きなのか。
これを自分の言葉で話せる若者は少ない。

せいぜいしょっぱいハッシュタグを羅列する程度。

それは当然、彼らの人生がバーチャルに浸かりすぎたからである。
経験による屋台骨はないに等しい。
これはファッションのみならず、あらゆるベクトルでその傾向を感じさせる。

承認欲求の行方

いいね
分かりやすい指標として、ぼくが10代の頃、表参道あたりでストリートスナップを撮られるのがCOOLの証、みたいなところがあった。
今考えれば、やや気恥ずかしい文化のような気もするが、完全に「事件は現場で」起きていた。

今その代替品がInstagramだと思う。
雑誌という媒体を省いて、誰でもセルフプロデュースさえ出来れば世界に通用しちゃうかも、だ。

事件はパソコンの中で」起きている。
ここに欺瞞を感じる。

雑誌というのは、いかに服をよく見せるかに比重の置かれたメディアだが、日常生活はそうではない。
当然人間がありきだ。

ラインの崩れた服を後ろからピンで止めることは、衆人環視の下ではできない。
歩くことの出来ないヒールで自撮りは出来ても、街を闊歩はできない。
二度と再現できない最高の笑顔に加えデカ目加工を施しても、アプリはリアルな人間を加工はできない。

それでもInstagramでいいねをもらわなくては、きっと彼らは飢えてしまう。

リアルでの評価とネットでの評価はどちらが重要なのか、という解のない問。
アラサー世代以降との価値観の相違。

あなたならどう答えるだろう。

閑話休題というには遅すぎる幕間

これは余談だけれど承認欲求が高い人には大きく分け2パターンある、と思っている。
自己肯定感の強い人、弱い人だ。

自己肯定感の強い人は自分の世間からの評価を確認するためにネットで自分をアピールするし、弱い人はネットの中ぐらい自分を偽って(この言い方が適切かは分からないが)もいいだろう、という思考である。

警告

BOYS & GIRLSよ。
君はカニエ・ウェストではない。
君はジャスティン・ビーバーではない。
君は登坂広臣ではない。
君はテイラー・スウィフトではない。
君はアリアナ・グランデではない。
君は中村アンではない。

君は誰?

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